300歳ブログ
ガーネット
2013.02.08 (Fri) | Category : 小話
もしも赤月の方々でリーマンパラレルをやったら。
将軍は各部署の部長とか一番偉い人で、アレグレは役職についててもスーツ着て走り回っててほしいな、じゃあ営業か、するとテオ様は営業部長か何それ楽しそう、昼は社食で総務部長のカシムを交えて、そば啜ったりサバ味噌定食頼んだり、経理部長のソニアが経費の伝票持って乗り込んで来たり、生産部長ミルイヒの趣味全開の企画案に満場一致の意義ありを唱えたり、人が足りんのだ手伝ってくれって保全部長のクワンダにアイン・ジード掻っ攫われたり、何それすごく楽しそう株式会社AKATUKI!それとも赤月商事かな!実在するかもしれない団体・企業とは一切関係ありません!
えー、ちょっと心の平静とテンション上げのため、パラレルに逃避してみました。
小話もパラレルです。
前に書いた酷いパラレルシリーズ( これとか これとか これ )の書き散らしで、その場面だけ思いついた短いの二本。
大丈夫だった方は顔文字くんからどうぞー!
■■■■ 年に何度か ■■■■
きゃらきゃらと耳に心地よい、鈴を転がすような女性たちの声が室内に響く。
ここはそういった場所で、いつだって似た座敷が催されるのだけれど。
年間で数えて片手に余る程度の頻度で一晩、他とは少し比べられない規模の、揚屋を貸し切っての盛大な座敷が用意されることは、この花街ではちょっと有名な出来事だ。
貸し切る客の口調や態度は少々荒いものの乱暴されることはなく、見世子への羽振りも金払いも悪くないと来れば、歓迎されこそすれ、邪険に扱われることはない。
それが例え、大騒ぎの度を越した賑やかさだとしても。
「・・・そりゃ、貸切だからな。」
「だからの貸切なんだろーが」
両脇に格子女郎二人を侍らせて、正面のテッドに盃を傾け催促する男は、この座敷の主だ。酒を飲めばすぐ顔を真っ赤にさせるが、その実まったく酔っていないという、ある意味厄介な体質をしていて、今だって脂下がったと表現されてもおかしくないほどヘラヘラしているものの、呂律も言動も普段のそれと遜色はなく。
この場を心から楽しんでいるからこその相好の崩れ具合で、酒に溺れているからではない。
ちなみに、黙っていれば、仕事中は、などと条件や制約が入る、残念なイケメンを認定される容姿のせいで誤解をされやすいが、女郎たちに鼻の下を伸ばしているからでもない。
なぜなら。
「いい加減、サナさんに愛想尽かされるんじゃないのか」
唯一と決めた相手が、ちゃんといる。しかも、この男が溺愛だ。
名を出せば、さらに顔を崩すほどに。
「それは大丈夫だ。俺はお前に会いに来てるって言ってあっから」
ニッと歯を見せて笑いながら、眉尻も下げる。器用なもんだな、なんて思いながらテッドは呆れたように溜息を吐いた。
「さすがにここにサナは連れてこれねーからなー。サナもお前に会いたがってんだけどよ」
いっそお前ここ出ろよ!ニコッ! いやなに言ってんだバカかふざけんな、と毎度の応酬を繰り広げつつ酌を交わすのは、すでにこの座敷の名物だ。
「頭またフラれてやんのザマァー!」
「せめて一人にでも袖にされろやー!」
「いいぞもっとやれー!」
残念ではあるが、決してモテないわけではない我らが頭領のけんもほろろにされる光景は、仲間である彼らにとっては上等な酒の肴となり、場を盛り上げる余興の一つとなる。
ぶわはははと豪快な笑い声をあげて揚屋を揺らした男たちに、うっかり形無しの長も負けじと咆えた。
宴はまだ、とどまりを見せそうにない。
夜も更け月が西へと動きを見せるころ、特定の遊女や一晩だけの相手を見つけた男たちは、誰からともなく連れだって消えていく。気づけばいつの間にか半分ほどの人間が減っているのだから、生業を考えれば納得の素早さだ。
「おーおー、たけなわって感じだなー」
相変わらずにやにやと、締まりのない顔のまま酒を煽る男には、すでに侍らせている姐さん方はついていない。少し前から、テッドの酌だけで過ごしている。
「さっきの話じゃねーけど」
「ん?」
ぐるりと場を見渡して、少なくなった仲間やこの場で寝落ちたもの、未だ座敷遊びに興じているものを、確認するように眺めていた男が、存外真面目な音で呟いた。
自分たちのことや地域のことを交えて、ほぼ八割をサナとの惚気なのか愚痴なのか自慢なのか、とりあえずあーはいはいと和やかなツッコミやら相槌やらを返しながら進む会話を楽しんでいたはずなのだが、不意に向けられたそれに、テッドは首を回して男の正面へと顔を向ける。
口元は例によって緩んだままであるものの、音と同じくやけに真面目な彩を放つ髪と同じ焦茶の瞳が、強い意思で煌めいて。
「もし本当に出たいなら、攫ってやるぞ」
しっかりと、酔いなど一切感じさせないそれで紡ぐ。
まるで御伽噺の誰かが囁いたような台詞に、どこか夢心地な雰囲気が漂うのは仕方がない。
「・・・それこそバカ言ってんな。完全なる永世中立独立特区画なんて呼ばれる意味を、知らないわけじゃないだろ」
この廓から一歩外に出た途端、血で血を拭う乱世である。にもかかわらず、何故ここだけは侵略も侵攻もない、揚句、外の世界での地位すらも関係のない別世界として確立しているのか。
それはここが、それだけの権力を持っているからだ。
莫大な金と情報が動くこの街を手に入れようとする輩は多く、攻撃を受けたことなど、それこそ一度や二度ではない。けれど、廓内で抱えている組織だけで撃退し、さらに報復まで与えて示して見せた。
圧倒的すぎる力の差を。
この廓を突くということは、こういうことだと。
もちろん、正規のルートで太鼓橋を渡ってきたのならば、たとえどんな相手だろうと、たった今まで殺し合いをしてきたものであっても、審査が通れば入廓できる。
逆に言えばそれ以外では不可能だ。もし出来たとしても、相応の処置がなされる。
廓を出る時も然り。
そもそも元々廓で生きる人間が廓を出るというのは、身請けのときだけである。他は認められていない、赦されない。
にもかかわらず、攫う?
さすがにテッドも本日最大の溜息をつくというものだ。それはすなわち、一国を脅かすほどの力を相手にすると同意なのだから。
「俄然やる気でんだろ!」
「なるほど、バカ言ってるわけじゃなくてバカなんだなそうだった。」
すでに慣れた客で取り繕うことをやめているテッドは、傾けられている盃に片手で酒を注ぐ。膳を挟んでいるから手を伸ばして距離を稼いでいるものの、男も手を伸ばさなければ届かないが、決して立ち上がって酌をしたりはしない。
客に対してと注意が入る態度だが、それでも一定の節度は保っているからか、問題になったことがないどころか、テッドの懇意は揃ってそういった者が多いのが実情だ。
本人は対応が楽でいいとあっさり言うが、その実情の該当者全員が、外の世界では名の通った曲者ばかりでは、楽という表現だけで済ませてしまっていいのかどうか。
特に何も起こっていないし、テッドを抱える楼閣の代理楼主も、うちとテッドに被害がないならそれでいいよという話らしいので、誰もあまり深くは触れずにしているのだけれど。
「お前、俺の職業なんだと思ってんだ」
納得いかねぇ! とテッドのツッコミに返し、胡坐に立て肘をついて、年甲斐もなく唇を尖らす男の名はエン。
西の地で知らぬものはないと言われ、遠く離れたこの地ですら耳に聞く、荒野の義賊。
一般層には決して手を出さず、裕福層、それも悪徳な手法で儲けているところのみを狙う彼らは、俗に盗賊と呼ばれる行為で生計を立てている。
だから。
「奪ったり、盗み出したりは得意なんだぜ、俺」
品物には傷もつけず、成功率も限りなく百に近い。腕も知名度も支持率も、他の同業者とは明らかな線を引く。
廓界隈から出れば、高額な手配書が回っているせいで、恨みもない賞金稼ぎの連中からさえ手を出されるが、今まで一度たりとて捕まったことはおろか、まともに対峙させたこともない。
エンの両脇を固める二人の幹部を筆頭に、団員全員が並の手練れとは違うのだ。
「・・・知ってる」
そんなことは、結構いろんな人間を見てきたテッドにとって、改めて言われなくても解っている。たとえこうしてその辺で酒瓶を抱えて寝ているメンバーだって、事が起きれば一瞬で目の色を変えて動けることも。
きっと、言った通りの結果をもたらすだろうことも。
「でも」
言葉と同じ自信を滲ませた表情のエンに、反対語となる単語を落とし、テッドも口角をあげて笑って見せた。
「あんただって知ってるだろ。俺はここを出る気がないって」
何せ記憶にある中で、自身に直接一番最初に身請けをもちかけたのは、この男だ。
しかも往来なんかで堂々と、元よりでかい声で『俺が引き揚げてやろうか』などとのたまうから、その話は数時間のうちに廓内の隅々にまで駆け巡り、行く先々、会う人会う人に話の種にされた。
返事は即座にきっぱりすっぱり『いらねぇ。』だったのだが、廓だけに留まらなかったらしいネタは、翌日ないし翌々日から、馴染みや知人、懇意による手紙やら物やらが届くことで更に面倒なことになり、そこそこ長い間尾を引いて対応に追われ。
終いには、提示額以上を出すという申し出に、逆にこちらが頭を下げて辞退を願い出て、他にもいくつかの件を揉み消すという、訳が解らない事態にまで陥った。
ちなみに解ってないのはテッド本人だけで、シーナをはじめとする周りは、やっぱそうなるよなぁと納得の出来事だったのは言うまでもない。
もっともその騒動のおかげで、テッドは誰の身請けも受けないと内外ともに知れ渡り、今の水面下での激しい牽制が続いているのだが。
「まーな」
張本人が経緯を知らないわけはなく、むしろその返事以外あり得ないと知っているから、引き出した台詞に破顔する。エンとて、素直にテッドがイエスなどと口にするなんて思っていない。
いわばこれは、通例行事だ。
ボーン、ボーンと廓に低く響く音が巡る。これが鳴ったら見世は仕舞い。約束のない女郎と芸姑、幇間はお暇する。
代わる代わる挨拶をしていく姐さん方にエンの前面を譲り、最後に揚屋の旦那から部屋案内をされるのを聞いて、寝落ちた数人が抱えられて下がっていくのを見やってから、居住まいを正したテッドが指を揃えた。
慣れたように深い最敬礼を表したかと思えば、ぱっと上げた顔には、直前までの花街独特の空気を飛散させた明るい笑みが浮かぶ。
「サナさんによろしくな」
「ああ、もちろん」
「ワイアットさんとゲドさんに迷惑かけんなよ」
「それは解んねーなー」
「解れ。」
「テッド」
他愛ない応酬は背後の壁にもたれたままで、緩く右の拳だけを前に突き出したエンが、名を呼んだ。
「烈火の如き、身を焦がすほどの祈りをお前に捧げる」
整えるでもないその体勢は、どうしたって合わせられる位置ではないし、片付けてもいない膳の向こうにいる以上、跨ぐなどという選択は毛頭ない。
けれどそもそも、そういうものではないのだ。
同じように右腕を伸ばしたテッドは、拳は作らず、まるで手を差し伸べるような形で掌を見せる。
重ならない動きは、なのにどこか通じるものを思わせ、届かない指先は、縮まらない隙間などないもののようで。
「辿る如何な場所への先も、あんたに祝福が降り注がんことを」
酒の匂いも料理の匂いも、白粉や煙草の匂いすら充満するこの部屋で、それでも何故か清廉な、神聖ささえ覚えるやり取りは、こうして毎度別れのたびに二人だけで交わされるしめやかな儀式だ。
意味があるようでないような、ただの言葉遊びに似たやり取りだが、紡いだ内容に籠められたものに違いなどない。
普段あまり見せることのない柔らかな笑みを乗せた後、どちらからともなく腰を上げた。
「そろそろ冬の支度しねーとな」
「何言ってんだ、こっちはもう防寒着必須だぞ」
「西は空っ風ハンパねぇもんな。雪はねーけど」
「ここは積もんだっけか」
少しな、という答えを聞きながら、ひょいと簡単に膳を越えてテッドの隣へと並び、そのまま背後の扉へと連れ立って歩いていく。すでに先ほどまでの空気はなかった。
大座敷を使用していたとはいえ精々数十歩の距離は、時間としても短い。あっという間についた廊下は、時間を迎え照明が半分ほどに落とされている。
薄暗くはあるが、足元や表情を見る分には充分な光源の中、立ち止まって顔を見合わせて。
「じゃあな」
「おう、またな」
あっさり過ぎる挨拶にいつも通りの笑顔を見せ、背を向けた。
エンは上階に用意された寝室へ、テッドは自身の楼へ戻るために階下へ。座敷前が、常の分岐点だ。見送りも見届けもしない。
年に数回、大騒ぎという言葉では括れない規模の座敷が催される。
次は季節がいくつ変わった後だろうか。
■■■■ 白銀の由来 ■■■■
それはさほど珍しい光景ではなかった。
だがそれは外の世界での話であって、廓の中では滅多に起こらない。なぜならそれは、この場所で重要視される、粋、という行為ではないからだ。
「うるっせぇなー!」
「花街の人間風情が生意気なんだよ!」
「ここはそれを売ってんだろうが!」
太鼓橋の正面から続く大通りから一本入った路地の角。入口に比較的近い、待合茶屋が軒を連ねる通りで張り上げられる怒号。
物見遊山や野次馬は、やはり粋というカテゴリからは外れるだろうが、人間、気になってしまうものは仕方ない。
だがルカは、振り返れば全貌が見えるほどごく近くにいただけで、面白おかしく好き好んで覗きにやってきたものとは違う。
眉を顰めて面倒そうな表情を隠しもせず一瞥し、自身の預かるところではないと踵を返そうとして。
「そこまでにしてくれませんかね」
呆れと不機嫌さを乗せた、やけに響く声を聞いた。
「何か勘違いしてるようだけど、俺たち廓の人間が売ってんのは芸だ。誇りと自信を持って座敷に上がってるし、もちろん旦那方も相応を求めてお越しになるもんなんだが」
自分よりも年上で、身長もある女性を後ろにかばい、見上げる位置にある男たちの顔を凛と強い視線で返すのは、まだ年端もいかない少年。
鋭い視線はそのままに、男たちを上から下へと値踏みするように眺め倒すと、ふっと口元を歪ませる。
「あんたら程度の旦那方じゃ、この廓はおろか、飯盛旅籠や岡場所でだって相手になんかされねぇな」
いっそ清々しいほどに堂々と吐き出された暴言は、少年の外見からは不釣り合いな気配と相俟って、異質なものを思わせた。
ザワリと背筋が反応し、騒ぎに気付いて出来始めた人垣の中でルカは、さっきとは別の意味でギュッと眉間に力を入れる。
あれは、何だ。
「このガキ、言わせておけばっ」
「なめてんじゃねぇぞテメェ!」
少年が高価買取をした形で一触即発の喧嘩に発展し、傍観側も出し物でも見るかのごとく観客へと化する。瞬時に場の雰囲気が変わるが、少年は表情も態度も崩さない。
それどころか、より呆れたようにこんな連中入れやがって、今日の当番誰だとぶちぶち言いながら溜息をついた。
高価買取の更に付加価値仕様だ。
どうしようもない男たちへ小気味の良い啖呵は、確かにお客人たちの余興として目も耳も愉しませるものだろう。けれどこの状況は、少年と女性という、一般的に弱い部類とされる人間と、考慮する必要もなくガラの悪い男三人との、いざこざという構図である。
すでに人だかりとなっている誰もが、心配や不安を吐露しないのはなぜだろうか。
「覚えのない方たちだと思っていたけど、やはり一見さんだったのだね」
「ここの太夫衆を、他所と同じだと思っているのかな」
訝しんで見つめていれば、わぁわぁ焚き付ける声や掛け声に交じり、やたらと落ち着いた誰かの声が真っ直ぐにルカへと届く。視線をめぐらせ出どころを探るが、紛れてしまって解らない。
ただ、内容の限りではどういった理由でかまで判断出来ないが、どうやら常連にとっては気に病む要素など欠片もないらしい。
雑多な声が盛り上がりを見せ、半信半疑の、納得までは至らないまま焦点を戻せば、男の一人が動き、少年が後ろにかばう女性を下がらせたところだった。
攻撃力重視の大ぶりな拳は、ひょいとしゃがみこまれたことで難なく躱され、身を反転させて懐に入り込んだ少年が、顎に目掛けて掌底を撃ち上げる。
脳を揺らすそれにグラついた隙に、腕を取り簡単な足払いをかけて勢いよく引き倒した。
鮮やかな流れが歓声を呼んで、さすがのルカも思わず目を見張る。そして周りの熱に比例するように、男たちの怒りのボルテージが目に見えて上がって。
カチンと、硬質な高音が。
悲鳴はなかった。その代り、息を飲むような張りつめた空気が一瞬で満ちる。
男が取り出したのは折り畳み式のナイフ。
「刃物の類は、入口で預からせてもらってるはずだけどな」
ここは他とは毛質が違うといっても、まぎれもなく遊郭だ。無理心中を含めて、殺傷沙汰がないとは言い切れない。ゆえに客人には、廓内完全非武装をお願いしている。身分や位をないものとしているのもその一環だ。
「うっせぇよ!」
「バカにしてんじゃねぇぞ!」
武器を見せても全く顔色変えない少年に、募った怒りはさらに倍増とでもいうのか、ガラの悪いを通り越した形相で叫ぶ男たちが地を蹴った。
「・・・あーあ」
仕方ないなとか、もういいやとか。そんな諦めの感情を滲ませた声は、この場では違和感でしかないのだけれど。
ルカには妙に冴え冴えとした、音、として捉えられ、先ほどの、安い金具が鳴らした硬質なそれよりも、よっぽど鋭い切れ味を突き付けられたようで。
なるほど、確かに。
(――― これか)
理由も意味も、ここに在る訳柄も。これが総てで、唯一だと。
慣れていないのか、握りも構えも甘い男たちの攻撃は、獲物を持ったとしても使い手に難があれば、当然差は埋まらない。連携も何もないただ振り回しているだけの刃は、少年にとって脅威になどなり得るものではなかった。
それでもヒュ、と空気を裂く音は不快と嫌悪を伴い響き、さっきまでやいのやいのとしていたギャラリーのほとんどは、今やハラハラと固唾を飲んで見守っている。
見るものによっては解るが、反撃をしない少年は、躱すだけで精一杯に見えるのだろう。
「ちょこまかとっ」
焦れた男が忌々しそうにそう叫び、大きく振りかぶって少年の頭上からナイフを叩き下ろし。なぜかバカンと、金属とはかけ離れた衝突音が木霊した。
少年は、いつの間にか背負っていたものを握りしめている。
やや太めの棒部分から楕円に近い形が伸び、柄の短いスプーンのようなそのシルエットを包む風呂敷が外れれば、予想に違わない、商売道具である三弦が見えた。
言動から、少年が太夫衆だろうことは知れたし、ならば背負うものも楽器の類だろうと考えには及ぶけれど。
まさか迷わず手にするとは。
「がっ・・・!」
全く気にした様子もなく繰り出された打撃は、まず男の手のナイフを取り落とさせ、そのまま水平に勢いよく滑らせた三弦の胴体が、横っ面に遠慮なくヒットする。衝撃で弦が鳴き、胴体がミシリと鈍く軋んだ気がした。
「やろうっ・・・!」
上体から落ちた男から顔だけで少年が振り返ると、どこから調達してきたのか、残った一人が舌打ちして角材を構えている。身を引いて避けようとするが、リーチの違いに判断を変えて、握る力を強くした。
誰かの小さな悲鳴のような、言葉になり損なった声が耳に痛い。
男と少年、角材と三弦、明らかに真っ向から対峙できるものではないのに。
だがルカだけは、ピクリとも眉を動かすことなく眺めていて、そしてその揺るぎない視線の示す通りになったのである。
「遅ぇ」
「悪い! リウが変なのにとっつかまってよー」
「それ俺のせいじゃないっしょ! シグさん言い掛かりヤメテクダサイ!」
角材を受け止めた三弦は、その時点ですでに決定的なヒビが入ったのだが、そのまま躊躇なく振り抜いて顔面に叩き込み、そこでとうとうビィンと弦が限界を訴えた。
連動するように本体の根元が乾いた音を立てて崩れ、結局、胴体と首で真っ二つに壊れる。唯一一本だけ残った二の糸が、それを辛うじて繋いでいるだけだ。
無残な姿になったものの、おかげで無事三人の男を伸した少年が、肩を撫で下ろすように大きく息を吐き出してすぐ。ちょっとごめんなー! 通してください失礼シマース! と賑やかな声が、空気をぶった切って場に響き、現れたのは本日の警備当番であるシグとリウだった。
輪の中心までたどり着いた二人が、惨状を確認して理解すると同時に、慣れた様子で役割分担がなされ、シグが男たちを縛り上げ、リウが人を散らしに入る。
「こいつら見張ってはいたんだけどさ、マリカが声かけられてる間に撒かれちまって。やべぇって探してる最中に今度はリウだろー。もーマジ焦った、いろいろ」
音がしそうなほどに固く結び、後から追いついてきた他の当番が持ち込んだ台車に乗せるのを見ながら、シグが状況を訊ねてくるけれど。
「って、え、何それ酷ぇじゃん!」
手にしていたものに気付き、解った瞬間に目を瞬かせた。
「だから遅ぇって言ったんだろ。どうしてくれんだ、商売あがったりじゃねぇか」
「あー、うわー、ほんとごめん。やばい俺、さすがにお前に相当するだけの額積めるほど持ってないんだけど」
明らかに使用不可能になった商売道具は、この場にて壊れたものだとしか思えず、しいては自分たちの管理不足ということになる。
わたわたと、弁償弁償と呟きながら挙動不審に陥った仲間を見て、してやったりと破顔すれば、それまでの雰囲気が一気に飛散した。
「冗談だよ。まぁ、預かりものだから持ち主に頭下げることにはなるだろうけど、そんだけだ」
そもそも使うと判断したのは結局自分なのだ。責任は二人にないだろう。
笑って軽く言うそれに、ほっと眉を下げて勢いよく再度ごめんと謝られ、ありがとうほんとごめんなと続いたことで、じゃあ今度当番代われと相殺案を出し、何度でも、と力強く頷かれてまた笑った。
事態も順調に収縮に向かい、シグとリウに手を挙げて場を任せて裾を翻す。
一度戻るかなと考えながら上げた顔の、少し先の正面に。
「これは・・・みっともないところをお見せしました、皇子」
早い段階から視線を捉え、存在を認識していたから驚きはしないが、未だここに留まっていることは予想外だった。
外の世界では、実用性と見栄えを見事に兼ねた甲冑に身を包み、数千とも数万ともいわれる兵を率いる将で、ハイランド王国第一王位継承者ルカ・ブライト。
たとえどんな誰であろうと、この廓にいる以上、その身分も立場も一切取り合わず、ただの一個人として接するという決まりごとがあるとはいえ、その気性を聞き及んでいる馴染みのない人間だ。軽い口調で声をかけることは憚られた。
「・・・いや」
所謂よそゆき用初対面用の表情と言葉で対応し、まっすぐに向けてくるルカの瞳を受け入れる。考えの読めない顔色に、咎めるようなものは見当たらず、少しだけ考えてから頭を下げた。
「現世の狭間をごゆるりとお楽しみくださいませ。どうぞ興が高じられますよう」
述べた口上に、ごく僅か墨色を大きくさせたルカを捉えて唇を緩める。それ以外の反応を待たず足を踏み出し、堂々とその体躯の隣を通り抜けた。
三つ先の角から慌てたように飛び出してきた数人が、その名を呼んで走り寄ってきたから、主を探しに来た供のものだろう。もう一人でふらふらすることもなければ、言葉を交わすこともなさそうだ。
座敷に上がる前にとんだ浪費だと小さくため息をついて空を仰ぐ。
廓の明かりにかき消されて、一粒の星も見えないそこには、悠々と全天を我が物にする月が気高く灯る。
ああ、なんか似てんな。
姿形ではなく、その佇まいと纏う空気が。
孤独な夜に。
(人でも、物でも。あいつの中に何かが差せば)
押し込めるように、あんな寂寞さえ覚える瞳が和らぐだろうに。
そこまで思って更に疲れた気がして、手を首に充ててぐるりと回す。別に凝ってもいないけれどなんとなくだ。すでに戻ってきた常の喧騒に、溶け込むようにまぎれて奥へと歩む。
振り返ってももういないであろう『狂皇子』。
「ま、俺には関係ないけどな」
囁かれる評価を裏付ける印象は、けれどそれだけだ。自分の関知するところではない。むしろ当面の問題は、この三弦の持ち主への謝罪、新しいものの手配とその間の処遇。楼主代理の説教なのか楽しむための提案なのか、よく解らないお小言も含めて。
ずいぶん遅れてしまったが、これも座敷の話のタネにすればいいだろう。どうせ弦楽での相手は出来ないのだから。
気分を入れ替えて揚屋の暖簾を潜る。
太鼓橋の方が騒がしかったけど、と掛けられる声に笑って答えながら、雪駄を脱いで板間に上がった。夜はまだまだこれからが本番だ。切り替えなければキリがない。
そうしていつものように過ぎる中、夕闇によく似た濃紺色の、かの国が掲げる旗と同じ色に包まれた、淡い光を放つ真白が届けられたのは、あれから数日後のこと。
英雄のナチュラル口説きスキルが高くてビビる。これ別にお互い何でもないんだぜ。(笑)
そして私はまごうことなき主リウですよ。
